フィクションに関する所感

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∀ガンダム 視聴完了

1話
ソシエってお嬢様だったんか…(ゲームでしか知らんかったから、そうだと知らなかった)しかしガンダム(∀をガンダムと言っていいのか微妙だが)が出ない一話(これはVガンダムの悲願達成?)

2話
いよいよホワイトドール起動!それまで朝ドラを見ている様だったが、襲ってきた敵をホワイトドールで撃退するのに、戦争が始まった!って感じで一気にガンダム感出て面白くなってきたと感じた。「地球の連中ってなんで見上げるばっかりで見下さないんだろう?」「地面から離れたくないからだろ」このやり取りが印象に残った。

6話
「ディアナさま、ディアナさま、お願いですこの地球は綺麗なんです。美しいんです。こんなところで戦争なんてしちゃいけませんよ。僕に出来ることならなんでも致しますから、ディアナさま、お願いです」このロランの言葉が印象に残った6話。

7話
本当にMSが出てこないなこのガンダム。でもこの牧歌的な雰囲気好きになってきた。まあ毎回戦闘があって宇宙にも出るGレコの方が好きだけど。

8話
滅茶苦茶好きな話。ロランのムーンレイスであり地球人であるという両属性なキャラが光る。そしてディアナ・カウンターとミリシャ戦争状態に突入しようとする両者。
父を殺された憎しみを持つソシエ、地球に帰りたいディアナ・カウンター。だがディアナ・カウンターは地球にも人がおり、そこに住むことは、その土地と住んでる人を排除することだという現実を知る。両者の間で板挟みにされたロランは自ら自分はムーンレイスだと叫ぶ。

9話
コレン・ナンダー、なんかGレコの波動を感じるキャラ。全てが葬り去れた世界で∀のことをガンダムと呼ぶ唯一の人物でもある。

13話まで見た。この作品の良さが分かってきた気がする。ディアナとキエルの入れ替わりギミックによってディアナが地球に抱いてる郷愁を感じるのが良し。

18話
かつて地球は人住めない程に環境は荒れていた。なのにここまで環境が回復した戦争の技術を黒歴史に封印したからである。いよいよGレコに繋がる要素出てきたし、
宇宙世紀ガンダムとテーマ的に繋がる要素出てきた。

21話
素晴らしい。洗濯物をするガンダム。噂には聞いていたが素晴らしいエピソード。戦傷者たちの看護をするディアナ。「ホワイトドールだって人が作ったものなら人の役にたつ」「生きているのだから汚物も出るし老廃物も出る」そしてソシエの服装可愛い。

22話
ポウ中尉。なんだかキア・ムベッキ隊長の匂いを感じる。

23話まで見た。なんか白富野と黒富野の折衷の様な作品だなと感じる。人もなんだかんだ死ぬし湿っぽい雰囲気もあるし。こうした雰囲気はGレコにない部分。

24話まで見た。ホワイトドール(∀ガンダム)というMSの質量を感じさせる殺陣が素晴らしいな。

26話
コレン・ナンダーって所謂ガンダムという概念に取り込まれてしまったガノタと呼ばれる人種のメタファーなのかな。

32話
もしかして∀ガンダムってガンダムで神話的話やろうとしてる?

35話
今気づいたけどムーンレイスは機械人形のことを従来どおりMSと呼ぶのね。

36話
この話無茶苦茶好き。宇宙に出たロランたちだが、地球に帰りたいと叫ぶミリシャの人たち。そして実際戦艦外に出てしまうのだが…。宇宙では近い様に見えても実際には遠いというのはGレコでもアイーダが距離感を確かめる為に手にマーカーを塗るというのをやってたね。

37話
終盤宇宙に出て盛り上がってきたな。ソシエたちが簡単に死ぬ生きるの話してると富野アニメって感じがする。

38話
「けどね、あれはホワイトドールっていうよりガンダムじゃないすか」「モビルスーツはただの道具です。全て使う人の問題なのです。今あれを使っている少年は信じて下さい」道具は使いよう。それはMSだろうとガンダムだろうと同じこと。富野アニメって感じがするなぁ。

43話
「ただ月に踏みとどまり延命策を講じるアグリッパ・メンテナー、ギム・ギンガナムは封じられた武力を解放して喜ぶだけ。グエン閣下は人類の叡智の発展の為にと行動される、が、そのような皆が集まれば大きな災いを呼び込むだけなのです」このディアナの台詞、富野台詞って感じだ。

44話まで見たけど、『黒歴史』というワードが出てきたが、ここにきてGレコで言うところの『アブテックのタブー』と同じ意味合いの言葉が出てきてテーマ的な繋がりが出てきたと感じると同時に、同じテーマを扱っていてもGレコと∀ではアプローチが違うなとも感じる。話的な意味を言えば、Gレコはスコード教そのタブーというのが序盤で提示されるのに対し、∀ではそれが終盤明かされる、メタ的に言えば同じことを先に∀でやってしまったから、Gレコでは勿体ぶらずに最初に示したとも言えるが、それだけではなくテーマ的に前に進んでいるとも感じる。

45話
∀とターンXの戦闘シーンが素晴らしいのだが、まさか∀のコアファイターがここで役立つとは……。そしてギンガナムの言葉「ディアナ・ソレルは黒歴史という火を恐れる猿と見たなぁ」「戦いを忘れたムーンレイスは死人の様に歴史を重ねるだけ」「タブーは破るためにあるとなぁ」ここらへんの台詞はGレコの、世界観や、
クンパ大佐の思想と合致しており作品間の繋がりが見えて興味深い。そしてグエン卿の月の技術で地球を文明開化させ地球の文明に光を当てたいというのは、それこそ幕末の日本人革命家みたいな考えだけれど、こういう人間出てくるところに、歴史的大河ドラマ的ロマンを感じると同時に、Gレコのアメリアもきっと同じ様な考えなんだろうなと連想した。

48話
∀の量産化とかいう恐ろしいことを言い出すグエン。でも実業家ならあんな凄いマシンを見たらその発想はするよなぁ。そして終盤に来て一気に武力衝突が起きるというのはGレコを連想とさせるなぁ。更にその戦闘シーンのコンテが凄い。ディアナの帰還は感動的だよなぁ。地球に帰還(レコンギスタ)するムーンレイスって感じで。あとポゥ中尉久々の戦場で舞い上がってて可愛かったすね。

49話
ヤバイなこの回。全編富野由悠季が脚本描いてるんじゃないかと思うほどの富野節の嵐、当然コンテも斧谷稔が切ってる。思えばGレコは全話こんな感じなんだからそりゃ密度も濃くなるわ。

50話
いや~∀良かったすわ。ギム・ギンガナムの主張は人類は戦いを忘れることはできないし、そうあるべきではないという主張。対してロランは人類は歴史を重ねているのだから、戦いを忘れて平穏に暮らせるはずだという主張、こう真っ向から対立してくれると、わかりやすくてありがたいですね。おそらく監督の中では、こういう思考Gレコのスコード教や、逆にクンパの思想に繋がっていると思うのでテーマ的にも興味深いところ。

総括
∀、当時の全てを包括したガンダム。それはある種ガンダムシリーズとして斬新なものであり、ともすれば最もガンダムシリーズらしくないガンダムかもしれない。そこが良いと思う人ももいれば、それは駄目だと思う人もいて、意見は分かれることだろう。中盤ダレることはあったものもギム・ギンガナム登場してからは物語も盛り上がり、富野テーゼなるのもが見いだせて興味深かった。

 

 

 

故にそういう意味でもこの作品は、色んな意味で欠かせないピースなのである。